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2024/05/19 07:22 |
残夢4

残夢シリーズ最終回です。


光が視界を覆う。手を伸ばした先にあったアーチャーの姿はもうない。凛はあふれそうになる涙をこらえて、拳を握りしめた。この夢のことはけっして忘れないだろう。だが、これは本来なら見ることのなかった夢のなごり。目を覚ませば現実に戻るだけのこと。アーチャーは十年前に消えていなくなったのだ。
「リン」
名前を呼ばれて顔を上げると光の世界の中、イリヤが白い装束に身を包んで浮いていた。
「ありがとう、リン。これでようやく聖杯戦争が終わる。もう二度と聖杯は起動しないわ」
「……あんたはこれでよかったの?」
「うん」
凛が問いかけるとイリヤは満面の笑みを浮かべた。聖杯の器になるために造られたイリヤにとって聖杯はなんだったのか凛にはわからない。だけど、笑顔を浮かべることができたならそれでよかったのだろう。
「ねえ、リン。最後の願いを叶えてあげるわ。あなたは聖杯に何を望むの?」
「……」
凛は何も答えることができなかった。本当に欲しいものはあの夢のなかにこそあったのだから。
「私は……」
「どうしたの? 遠慮なんてしなくてもいいわよ。今の浄化されたマナを使えるんだから。大抵のことはできるんだから」
「……いいえ、いらないわ」
静かに首を振る。イリヤは驚きの表情を浮かべ、ぱちくりと瞬きした。
「なんなのよ」
「リンがまさかそんなことを言うなんて」
「あら、どういう意味かしら」
「そのままよ。ねえ、本当にいいの?」
真面目に見つめられ、凛は苦笑した。
「ええ、いいのよ。いい夢を見させてくれてありがとう」
「……それは私のセリフなのに……ありがとう、リン。そして、さようなら」
「さようなら、イリヤ」
イリヤは笑顔を浮かべて光に包まれ、凛の視界も真っ白に染まり、意識が途切れた。

でも本当は――


目を覚ました時、まだ夢の中にいるのかと驚いて目を見開いた。衛宮邸でよく使っていた凛の部屋。そのベッドの上で寝ていた。だが、よく見れば昔とは違う。部屋はほぼ物が置いていないし、清潔に保たれているが使われているような感じはしない。起きあがって自分の体を確かめると十年前の高校生ではなく現在の姿だ。
「なんで、衛宮君の家?」
イリヤと会話をしたのを最後に記憶はない。本来ならば柳洞寺の地下空洞にいるはずだ。誰かが運ぶとしても教授しかいないが、ここを知っているとは思えない。仮に知っていたとしても運ぶ場所にここを選ぶ理由がない。数日前から拠点として使っている工房があるのだから。
「うーん」
首を傾げてとりあえず、家の中を歩くことにした。
離れは誰もいないのか人の気配はない。先程の部屋と同様に普段から誰かが使っているような感じもしない。なので母屋に行ってみる。
よく皆が集まっていた居間に行くと、中から人の気配がした。警戒しながら襖を開ける。
夢の中と同じ居間には誰もいなくて、台所で男が一人立っていた。料理している男は背が高く、髪も短くて白い。見える肌は褐色というくらいに色が濃かった。
「……」
まさかと思った。夢の世界は消えたはず。ここにいるはずがない。
「あ、目が覚めたのか、遠坂」
凛に気付いて男が振り返って、顔を見せた。笑顔を浮かべるその男はあきらかにアーチャーではなかった。前髪の一部がオレンジで目が大きくくりくりしてるのがどこか幼い。そして、この呼び方。
「……士郎?」
「ん? ああ、俺の外見がかなりかわってしまってわかりづらいか」
男―士郎が苦笑する。三年ほど前から放浪して音信不通になっていた馬鹿弟子だ。
「この馬鹿士郎!!」
「うおっ!」
「あんたは今までどこに行ってたのよ! この事態に連絡つけようとしても居場所がわからないし! だいたいその姿はなんなの! アーチャーのようにさせないようにしてたのに!」
怒りが一瞬で沸いて、士郎に詰め寄る。
「いや、その……」
「バッカじゃないの! ほとんど髪も白いし! 肌も褐色になってるし!」
「まあ、ちょっと……」
「ちょっと無茶したんでしょ! 自分のことを少しは考えないって言ってるでしょ!」
士郎は何も言えず、後ろに下がって、壁に追い詰められた。
「……すまん」
「……もう」
士郎がうなだれて謝ると、凛は呆れたようなため息をついた。
「で、いろいろ説明してもらうわよ。その前にお茶いれてちょうだい」
「わかった」
「……まあ、無事でよかったわ」
「……ごめん」
心配掛けたことを謝る士郎に苦笑して、凛は額にデコピンをくらわせた。ここでありがとうと言わない所が士郎なのだろう。

夢の中で飲んだアーチャーと遜色ない紅茶を一口飲んで、ほっと息をつく。ようやく落ち着くことができたような気がする。
「それでなんでここにいるの?」
「ああ、遠坂が俺と連絡取ろうとしてたことが遅れて俺のところに届いたんだ。ルヴィアに連絡したら聖杯のことを教えてくれて、慌てて帰国したんだよ。柳洞寺で遠坂と教授が倒れていたから驚いた」
「教授は?」
「遠坂より先に目を覚まして、出ていった。どこに行ったかはわからない」
「……そう」
教授もあの夢を過ごしたのだ。いろいろと考えることもあるだろう。あとで連絡すれば問題ない。
「柳洞寺の方はどうなってた?」
「あそこには何もなかったぞ」
「何も?」
「ああ。まったく何もなかった」
これもあとで確認しておく必要はあったがたぶん問題はないだろう。
「そう、ならいいわ。私はもう少し寝るわね」
紅茶を飲み干し、立ち上がる。いろいろありすぎてもう少し休みたかった。使っていた部屋に戻ろうとしたところで襖が開いて、もう一人の士郎が入ってきた。
「目を覚ましたか、凛」
「……はっ?」
士郎と同じくらいの背丈、真っ白な髪で褐色の肌をした男。士郎との一番の違いはその眼だろうか。そして、名前の呼び方。
「……え、アー……チャー?」
「なんだ、衛宮士郎から話を聞いてないのか?」
「へっ、え?」
「今から話そうとしてたんだよ」
「ふん」
呆然とする凛を見て、アーチャーは苦笑した。
「大丈夫かね、凛」
「……な、んで……」
「私はアーチャーと呼ばれた存在であるが、英霊ではない」
「はっ?」
意味がわからず、疑問符しかでてこない。そんな凛を座らせて、アーチャーも隣に座った。士郎は気を利かせたのか買い物に行ってくると言って、外へと出掛けた。
「私は凛が夢の世界と呼んでたところにいた覚えがある。凛が聖杯の解体のためにいろいろと奔走していた。私は地下空洞で君と別れたことも覚えている。そして、自分が消えたと思ったあと、イリヤが現れた」
「イリヤ?」
「ああ、なんでも凛の望みを叶えるためだと。それだけ言って、イリヤは消え、私は気がつくと地下空洞で君と男性が倒れていたのだ」
「私の望み……」
イリヤには何も望んでいなかったのに。本当に望んでいたものを声に出さずとも気付かれていたのか。
「それでだ。私は自分の体を調べてみたが、ただの人間になっているようだ」
「えっ?」
「さきほど英霊ではないと言っただろ。霊体化もできない、魔力も生前並み、レイラインではなく食事や睡眠で生きていくようだ」
「人間……」
茫然とアーチャーに手を伸ばして、胸に触れる。確かにレイラインはない。
「……普通に生きていくの?」
「ああ、そうだな。何もなければ普通の人間のように寿命を迎えるまで生きるのではないだろうか……」
少し遠い目をして、アーチャーは小さく笑った。今更こんな生活を迎えるとは予想外のことだろう。それでも、凛は。
「アーチャー……」
胸に触れた手が震える。十年前に見送ったはずの存在がここにある。
「私は君のサーヴァントではなく、ただの人間では君のサポートもどこまでできるのかわからない」
「あっ……」
凛は自分の勘違いに気付いて、手を離した。まるでずっとそばにいてくれるものと思っていたが、今のアーチャーを縛るものはない。
「凛」
離れた手をアーチャーが掴む。戸惑って見上げると、まっすぐに見つめられた。
「君が望んだことはなんだ?」
「私は……」
本当なら望んではいけないことが頭をよぎって、俯く。
「何も気にすることはない。今、君が本当に望むことを教えてほしい」
「これは心の贅肉だわ」
「たまにはいいだろう。凛、君は何を望む?」
優しく問いかける声に泣きそうになりながら、唇を噛む。他の誰も願いは本当には叶えることなどできなかったのに、自分だけがこんな奇跡があっていいのだろうか。
「教えてくれ、凛。お願いだ」
懇願するような声に顔を上げると、必死な表情を浮かべたアーチャーがいた。まるで本当の願いを知らないと、何かが壊れてしまうというようなほどの必死な顔は見たことがなかった。
「私は……」
凛の望みを叶えるためにここにいるアーチャーは、何を望むだろうか。自分の意志ではなく、いきなり受肉して、世界に投げ出されて。そんな我儘を許されていいのか。
「凛が望まないなら……私は消えるしかないようだ……」
アーチャーは悲しげに微笑むと凛の手をそっと話した。茫然としてるまに立ちあがる。このままでは消えてしまう。そう考えただけで、胸が痛くなって、凛はアーチャーの手を掴みなおしていた。
「……凛?」
「だめ、行かないで」
「……教えてほしい、君の心からの望みを」
「ここに居て。アーチャー、私のそばにいて」
十年前に再契約を望んだけど、叶わなかった願い。夢の中で平和に暮らしてもっと強く望んでしまった我儘。
「ずっと一緒にいて! アーチャー!」
心からの望みを叫ぶをアーチャーに強く抱きしめられた。
「私も凛のそばに居たい。サーヴァントでなくてもいいか?」
「いいよ! だって私がいてほしいのはここにいるあなただから!」
震える手で大きな背中を抱きしめ返す。
「凛。サーヴァントではないが、ここに誓おう。ずっとそばにいると」
アーチャーの誓いに凛は喜びに涙を溢れさせた。


お疲れ様。
これで夢は終わりだ。おとぎ話のような世界も終わった。
聖杯という奇跡が起こした夢の残り。
夢だけを覚えていてくれば、あとは現実に目覚めるだけ。
おはよう。どうか良い一日を過ごしてほしい。


「うーん、疲れたわ」
凛は大きく伸びをして、胸一杯に深呼吸をした。何時間も座っていれば疲れるものだ。久しぶりのロンドン。いろいろとすることがあったので予定より遅れてしまったので、また今日から忙しくなるだろう。教授が先に帰ってきてるはずなので、挨拶に行かないといけない。
「凛」
「遠坂」
同じ声に呼ばれて振り返るとそこには似通った姿をしたアーチャーと士郎がいた。それぞれ大きな荷物を手にしている。
「あら、荷物はちゃんと見つかったわね。じゃあ、行きましょうか」
一人手ぶらで颯爽と歩く凛にため息をついてアーチャーと士郎が追いかける。
「俺はここに帰ってくる必要はないんだけど、行きたいところがあるんですけど」
士郎がぶつぶつ呟いているが凛はずっと無視を決め込んでいる。アーチャーにならないようにもう少し鍛えないとだめだ。
「凛、やはりこいつと双子の兄弟という設定はどうかと思うんだが」
「そこまでそっくりなのに他人なんて言い訳がきくと思うの? 怒るならそこまでそっくりになった士郎に文句言いなさい。あ、ここで喧嘩は駄目よ」
「……どうにもならないのか」
「無理ね。なんならアーチャーを士郎の弟にしてもいいわよ」
「断る!」
間髪いれずに返ってきた答えに笑いながら、そうでしょうねと呟く。
「それくらい、我慢しなさい。すぐに遠坂の名前にしてあげるから」
「えっ?」
「遠坂アーチャーか。ちょっと変な響きよね。お金はかけたくないけど、ウェディングドレスの写真くらいはとってもいいわよね」
「あの、凛?」
戸惑ったようなアーチャーの呼びかけに凛は振り返って嬉しそうに微笑んだ。
「何をぼうっとしてるの。あんたは私のそばにいるんだから、当然のことでしょ」
「……せめて、私からプロポーズさせてくれ」
「私の婿になるから却下」
さっそく尻に敷かれているアーチャーはため息一つで諦めた。
「うーん、つまり、遠坂が俺の義理の姉になるということか」
一人残された士郎は自分で言いながらも、そんな未来に震えがきた。

「まあ、そばに居ることができれば、問題ないか」
「そういうことよ。あ、遠坂家の後継ぎ問題のために子供は必要よ」
「了解した。精々、励むとしよう」
「バカ!」

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2013/09/02 01:15 | Comments(0) | 弓凛

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