忍者ブログ
[PR]
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。


2024/05/19 07:44 |
archer

リクエストで大学講師の弓×大学生凛。
大学のことを知らないでおかしいところがあってもスルーで。
パロディです。



さまざまな学科がある大学はかなり広く、建物の数が多かった。だから、仕方のないことだと思う。道に迷ってしまったのは。
「えーと……」
まわりを見渡して、遠坂凛はため息をついた。無事に大学に入学できて、これからの生活に胸おどるという初日にやってしまった。サークルの勧誘が凄すぎて少し離れたら誰もいないところに出てしまった。
「ここはどこかしら」
あたりを見渡しても人の姿はなく、木々に囲まれた庭のような場所だった。さっきまでうるさかったくらいの賑やかさが今はない。
ポケットから携帯電話を取り出して開いてみるが、画面を睨みつけてまた閉じた。使い方がまったくわからないわけではない。ただもう少し歩いてみようと思っただけ。誰も聞いてないのに心の中で言い訳する。
「……ん?」
近くで何か音が聞こえてきた。気になって音の出所を探して歩いていくと古びた廃墟のような建物があった。一階建てだがかなり広そうで、壁が十メートルほど続いていた。その中からシュン、トンと二種類の音が聞こえてきた。手入れされていないせいで剥がれたトタンの隙間から中をのぞく。はしたないと思いつつも、好奇心が抑えきれない。
中は弓道場のようで的に向かって男性が弓を射っていた。黒い長袖のシャツとスラックスと服装は普通だが、褐色の肌にオールバックにした銀の髪。外見年齢は推測しづらいが二十代後半くらいに見える。この大学には国際系の学科もあるため、教師や生徒で外国人は多い。
「ふっ」
男性は短く息を吐いて、弓を構えた。的に狙いを定めたと思ったら矢が放たれ、吸いこまれるように真ん中に命中した。
息をのむほど美しい所作というのはこういうことかと思う。
「ん?」
次の矢を筒から抜いていた男が顔をあげてあたりを見渡した。凛は咄嗟に隠れてやり過ごす。男は凛に気付かなかったのかまた弓を射る音が聞こえてきた。
なぜ隠れようと思ったのかわからない。覗き見してるのをばれたくないのか。あるいは、弓を射るのを邪魔したくないのか。
凛はもう一度覗きこんで、男が弓を続けているのを確認してその場を音を立てないようにして立ち去った。

男が使っていた弓道場は昔のもので、別の所に新しいものが建てられている。旧弓道場は取り壊しが決定しているということは調べることができた。だが、弓道サークルに褐色の肌の男はいないという。あんな目立つ風貌で知らないなら本当に関係ないのだろう。
凛は授業が始まるのを待ちながら、考え込む。
なぜこんなにも気になるのか。あの場を逃げだしたのはなぜか。調べてどうするつもりなのか。考えても答えは出ない。
「静かにしろー、授業始めるぞ」
スーツを着た男性が教壇に立つのを見て凛は唖然とした。ドイツ語を教えてくれる先生は褐色の男だった。
「私は衛宮アーチャー。ドイツと日本のハーフだ。まあ、そんな風には見えないだろうが」
まわりの生徒がうんうんと頷いている。アーチャーは苦笑しながら授業を進め始めた。
「では、基礎から始めよう」
授業が始まる。内容はごく普通の授業だった。やがて授業が終わり、凛は最後まで残って誰もいなくなってからアーチャーに近づいた。
「先生」
「何かね?」
「先生は弓道をどうしてあんな古いところでしてるんですか?」
「……」
教材をまとめていた手が止まる。じっと見下され、凛はまっすぐに見返した。
「あの時、旧弓道場にいたのは君か。覗き見はよくないぞ」
ため息をついて認めた。
「覗き見したことは謝ります。でも、あれほどの腕前で弓道のサークルに関わってないのがもったいないと思うんです」
「私がサークルに関わってないことも調べ済みか」
「友達が弓道サークルにいるので聞いただけです。で、どうなんですか。あんな古い弓道場でしなくても新しいのは別にあるじゃないですか」
「……君には関係のないことだ。私がどこで何をしてようと誰にも迷惑をかけなければ問題ないだろう」
「あそこが取り壊されたらどうするつもりですか?」
凛の問いかけにアーチャーはするどく睨みつけてきた。
「それこそ君には関係ないことだ。学生の本分は学業だ。私のことを気にしてくれなくてけっこうだ」
冷めた声でそれだけ言い捨てると、アーチャーはさっさと教室を出て行った。
「うーん、気になるわね」
凛は一つ頷いて、次の授業へと向かった。

名前など身元がわかれば調べることは簡単だ。もともとこの大学に入学してそのまま非常勤講師をしているらしい。専門は生物学系だが、いろいろできるのであちこちで授業を受け持っている。学生だった時は弓道部に入っていたが事故により怪我をして退部。事故の詳細はわからないが、少なくとも怪我は治っているはずだ。
「ふーん」
凛は初日に迷子に、いや、たまたま通りかかったあの旧弓道場へとやってきた。アーチャーが受け持っている授業の空き時間を調べてきたのでおそらくはここにいるはず。音を立てないようにこっそりと近づいていくと、的を射る音が聞こえてきた。
初日と同じ所からのぞくとやはりアーチャーが弓を射ていた。悔しいけどその所作がやはり美しいと見惚れてしまう。こんなところで誰にも見られずにいるのはもったいないと思う。
「また来たのか」
「あっ……」
ふいにアーチャーが顔をあげ、覗いている凛を見た。
「すいません……」
覗いていたのは事実なので素直に謝る。アーチャーは小さくため息をついて、凛を手招きした。
「えっ?」
「堂々と入りたまえ。一応、ここは入室禁止にはなってないからな」
「はい」
古くなっているとはいえ、まだすぐに壊れるほどではない。凛は回りこんで弓道場の入口から中へと入った。
中ではアーチャーが呆れた表情で弓を手に待っていた。
「君はなぜそこまで私にこだわる」
「美しいからです」
凛がきっぱりと言うとアーチャーは間抜けなくらいにポカンと口を開けた。
「いや、待て……はっ?」
「私は弓道については友達の影響で多少知っているくらいです。でも、先生の姿はとても美しかった。もったいないんです」
「……」
アーチャーは呆然として凛を見つめた。
「本気で君はそんなことを言うのか?」
「ええ。点数を争う競技だってわかってますよ。でも、ここで誰にも見られるずにいるなんて。ここは風情あるから絵にはなるけど……どうせなら和服を着てほしいわね」
アーチャーの姿をじっと見つめて、日本人とはかけ離れているのに和服が似合うなと感じた。
「何も知らないのに好き勝手言うもんだな。小さな親切大きなお世話という言葉を知っているかね」
「もちろん、知ってますよ。これは私の心の贅肉です」
「はっ?」
「先生に何があったのかは知りません。でも、美しいと思ったその姿を皆に見てほしいと思うのはいけないことですか?」
素直すぎる真っすぐな言葉だった。眩しいものを見たようにアーチャーは目を細めた。
「もちろん、先生に強制なんてできません。私はただもったいないから言っているだけです。先生の言うとおりに私は何も知らないので好き勝手言うだけです」
「君は……」
「いつか皆がいる前で弓を射る姿を見てみたいです」
「……」
「もちろん、今すぐではないですよ。そんな日が来るといいなと思っているだけです。でも、それまでは私が一人占めですから」
「はっ?」
「あ、いけない!」
凛は時間を見て、慌てたように来たばかりの入口に戻っていった。
「そろそろ時間なのでお暇します。また来ますので」
「おい」
アーチャーが手を伸ばした先で凛がくるりと振り返る。
「先生は弓道が好きですか!」
「あ……」
返事ができなかった。好きだとも嫌いだとも言えない。戸惑うアーチャーをよそに凛はにっこり微笑んだ。
「いつか答えをくださいね!」
手を振って駆けだしていった。
一人残されたアーチャーは凛の姿が見えなくなって、小さくため息をついた。
「まったくなんなんだ、あの子は」
思いがけない言葉をたくさんもらった。戸惑うばかりだったが嬉しいという気持ちがわずかにでもあることは否めない。
「振り回されそうだな」
アーチャーは筒から矢を抜きながら、口元に笑みを浮かべた。

アーチャーが弓道場でたくさんの観客の中で弓を射る姿を見れたのは半年後の文化祭のことだった。
二人が楽しげに並んで歩いている姿を見るのはその数日後の話。

拍手[5回]

PR

2014/02/08 22:25 | Comments(0) | 弓凛

コメント

コメントを投稿する






Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字 (絵文字)



<<お引越し | HOME | 奪われた騎士>>
忍者ブログ[PR]